
※登場人物は全て仮名ですが、ある体験談を元に創作されています。
その日、私はいつものスタバでラテを飲んでいた。
隣の席に座った女子大生が、スマホショルダーから何かを外した。カラフルなナイロン編み込みストラップ。ブレスレットみたいに可愛い。
彼女はそのストラップの先端を軽く引っ張った。
パカッっと引き抜かれたパーツからは、見慣れた端子が現れた。
は?
彼女は何事もなかったようにその端子をスマホに差し込んで、モバイルバッテリーに繋いだ。充電開始。所要時間3秒。
私の口がポカーンと開いた。ラテ飲んでる場合じゃない。
今のって。あのストラップって。ケーブル?充電ケーブルなの?
女子大生はストラップをブレスレットみたいにスマホショルダーに戻して、優雅にコーヒーを飲んでいる。
私は恐る恐る自分のバッグの中を覗いた。
地獄があった。
白い充電ケーブルType-Cが、白い四角いアダプターと共に、ポーチの紐、手帳のゴムバンド、そしてなぜかイヤホンケースのコードまで巻き込んで、まるで事故現場のような有様で絡み合っていた。これ、どうやって絡まったの。バッグの中で何が起きてるの。
まずはこの試練のような知恵の環状態をほどけと?

あの瞬間、悟った。
私は完全に時代から取り残されている。
女子大生のストラップはケーブルだった。充電ケーブルがブレスレットになっていた。ナイロン編み込みで、カラフルで、可愛くて、しかも絡まない。私の知らない間に、テクノロジーはここまで進化していた。
私はまだ、白いケーブルと白い四角いアダプターというTHE・昭和の遺産みたいな組み合わせを使っている。
スタバを出ながら考えた。でもまあ、別に困ってないし。充電できればいいし。
その油断が、後に大惨事を招くことになる。
月曜日の午後。打ち合わせ前にカフェに寄った。
スマホの電池残量21パーセント。やばい。充電しよう。
「ケーブル、ケーブル…」
バッグに手を突っ込む。
ない。
もっと奥。
ない。
さらに奥。
指先に何か触れた。これだ!引っ張る。
出てこない。
なんで。
もっと引っ張る。
化粧ポーチごと出てきた。ケーブルがポーチのファスナーに絡まってる。
ほどく。
ほどけない。
白いアダプター部分が、ポーチの内ポケットに引っかかってる。なんで内ポケットに入り込んでるの。誰が入れたの。私だけど。
「バッグインバッグあれば良かった」と、今更後悔しても遅い。
とりあえず、指先でチマチマとほどく。
隣のテーブルの女性が、バッグからサラッとミサンガっぽいナイロン編み込みストラップを取り出した。
3秒で充電開始。
私はまだほどいてる。
1分経過。
反対側のテーブルの女性も充電を始めた。こちらはミントグリーンのストラップ型。ハート型のチャーム付き。可愛い。
私はまだほどいてる。白い悪魔と格闘してる。
2分経過。
店員さんが通りかかって、一瞬私の手元を見た。見られた。白いケーブルとの死闘を見られた。
2分48秒後。
ようやく解放。
ケーブルとアダプターを取り出した瞬間、なぜかポーチの中からリップも一緒に飛び出した。テーブルの上を転がった。止まらない。床に落ちた。
拾いに行った。
戻ってきた。
充電を始めた。
疲れた。
水曜日。彼氏との2回目のデート。
映画館でロマンチックな映画を見た。いい雰囲気。
ご飯を食べた。会話も弾んだ。
駅に着いた。電車の時刻を調べようとスマホを取り出したら・・・。
画面、真っ黒。
電源、オフ。
充電、ゼロ。
「あ」
声が出た。
「ちょっと待って!今充電するから!すぐだから!」
バッグに手を突っ込む。
財布。ポーチ。手帳。エコバッグ。リップ。ハンカチ。
白いケーブル、どこ。
全部出す勢いで探す。
30秒経過。
彼氏「あ、俺のスマホで調べるよ」
私「ううん、大丈夫!あるから!絶対あるから!」
1分経過。
ない。
マジでない。
バッグの底まで探した。
レシート5枚、絆創膏、賞味期限切れのガム。
ケーブルはない。
1分30秒経過。
「…家に忘れたかも」
彼氏が優しく笑った。
その笑顔の裏に「この子、ちょっと残念だな」という感情が透けて見えた・・・気がした。いや、見えた。確実に見えた。もう終わったと思った。
帰宅。
机の上。
白いケーブルと白いアダプター。
コンセントに刺さったまま。危ない!!
「なんで私、毎回忘れるの」
ベッドに倒れ込んだ。
あのナイロン編み込みのストラップ型なら、スマホショルダーに付けておけば絶対に忘れなかったのに。バッグに付けておけば絶対に忘れない。首からかけるタイプなら・・・
でもまあ、次気をつければいいし。
その「次」が、金曜日に来た。
金曜日。月イチ女子会。
いつものメンバー4人。ワインを飲みながら、近況報告。
友達A「充電器貸して!」
私「はいはい」
バッグから白いケーブルと白いアダプターを取り出す。
ポーチと絡まってる。
またか。(なぜわたしは、学習しないのだーー!とこの時も絶望する。)
ほどく。
その瞬間。
友達B、スマホショルダーからベージュのナイロン編み込みストラップをサラッと外す。
友達C、バッグからミントグリーンのパールチャーム付きストラップを取り出す。
友達D、バッグから花柄のリボン型ストラップを出す。
全員、ストラップ型。
全員、カラフル。
全員、可愛い。
私だけ、白いケーブルと白いアダプター。
しかも絡まってる。
沈黙。
友達C「…え、まだ普通のケーブル使ってるの?」
私「え、これ普通じゃないの?」(スマホ買った時についてたし)
友達B「いや、普通だけど…ストラップ型の方が便利だよ?」
友達D「インスタで去年めっちゃバズってたじゃん。充電ケーブル ストラップ タイプCって」
友達A「私も3ヶ月前に買った。ナイロン編み込みだからブレスレットみたいで可愛いし」
友達C「バッグの中で絡まないし、探さなくていいし、最高」
友達D「しかも防災グッズとしても注目されてるんだよ。常に身につけておけるから」
私「…防災?」
友達B「そう。災害時に充電できるように、いつも持ち歩けるストラップ型が人気なの」
全員、知ってた。
全員、使ってた。
全員、私より進化してた。
私は白いケーブルを握りしめたまま、固まった。
友達A「ていうか、そのケーブル、絡まってない?」
私「…絡まってる」
友達たち、爆笑。
私、白目。
家に帰って、布団に潜り込んだ。
でも寝られない。
スマホを取り出した。
検索バーに「充電ケーブル ストラップ タイプC」と打ち込む。
出てきた。大量に出てきた。
ベージュ、ピンク、ミントグリーン、花柄、レザー調、パールチャーム付き、リボン型。
全部、ナイロン編み込み。
全部、可愛い。
全部、アクセサリーにしか見えない。
TikTokを開いた。
再生回数850万回。
投稿日、8ヶ月前。
コメント欄。
「もう手放せない」 「バッグの中スッキリした」 「デートで褒められた」 「防災用にも最適」 「なんで今まで知らなかったんだろう」
最後のコメントが心に刺さった。
本当に。なんで。
スタバでの目撃。カフェでの3分間の公開処刑。デートでのコメディ。女子会での昭和タイムスリップ。
全部。
全部、ストラップ型を知らなかったせいだ。
通販サイトを開いた。
ベージュのナイロン編み込みとミントグリーンのパールチャーム付き。カートに入れた。
1,980円。
安い。安すぎる。
この価格で、あの3分間の公開処刑から解放される。デートでの失態から解放される。女子会での昭和認定から解放される。
購入ボタンを押した。
スマホに通知。
彼氏からのLINE。
「次いつ会える?」
私、即答。
「いつでも。次は絶対、電車の時刻調べられるから。約束する」
送信。
机の上の白いケーブルと白いアダプターを見た。
「お前たちとは、もうすぐお別れだ」
届くのは明後日。
充電ケーブル ストラップ タイプCが届いたら、私も進化する。
ナイロン編み込みのストラップをブレスレット感覚で身につけて、サラッと充電する女になる。
3秒で充電開始する女になる。
もう絡まない。もう探さない。もう笑われない。
時代に追いつく日まで、あと2日。
白いケーブルよ、さらば。